合気道の問題

大変素晴らしい合気道ですが、全てのものに長所と短所、メリットとデメリットがあるように、合気道にもデメリットや問題があります。


それを理解した上で合気道に取り組めば、合気道の本質から外れることなく、上達していくことが出来るでしょう。


 

・強くなるまでに時間がかかる

試合のある武道や格闘技は、試合に勝たなくてはならないため、直ぐに結果を出せる勝つための練習、また実践にすぐ使えるような練習を行います。

 

それに対し合気道は、本質的なことを稽古するので、それを掴むまでに時間がかかります。

 

昔はかなり厳しい稽古が行われていたので、短期間でも十分強くなることも出来ましたが、現在はそうした道場は少ないため、直ぐ強くなることを目的とする場合は、合気道よりも違う格闘技の方が向いています。

 

 

・合気道は勘違いしやすい

合気道は試合がないため、実力がよくわかりません。また上の人は下の人に対し、自分に都合のいい受けを取らせがちになります。また受けが上手いと、技が効いているかのような、錯覚を起こしやすくなります。


そういうこともあり、謙虚な気持がなければ、どんどん勘違いを起こしていきやすい所があります。

 


・段位は形式的なもの

段位が高いと凄いかのようにも思えますが、合気道では道場や流派によって違いはあるものの、週に二、三回程度出席さえすれば、およそ4年で二段が取れるというように、実力がなくても級や段は上がっていきます。

 

中にはそれを勘違いして、級や段が上がると、急に態度が変わったり、偉ぶる人もいます。

 

しかしいくら段位が上がっても、他武道の人と戦った場合に、全く通用しなかった、また二段ぐらいになったけど、痴漢に遭った時に何も出来なかった、ということにもなりかねません。

 

形に囚われないことが重要です。

 

 

・技は道場でしか通じない

合気道は、受けが協力して倒れてくれます。また有段者は、初心者に受けの取り方を指導しますが、その場合自分に都合のいいような受けを取らせがちでもあります。

 

そうすると実際には、自分も出来ていないことに気が付かなかったり、誰にでも通じるような錯覚が起こり、そこの道場でしか通用しない合気道になる可能性があります。

 

 

・謙虚さと感性が必要

合気道はただやればいいのではなく、謙虚さや感性がなければ、勘違いの合気道になってしまう面があります。


感性のない人は、段位など目で見える形で判断し、段位が上がると偉くなった気になり、謙虚さを失います。


形で判断している内は、技の本質もわからないため、謙虚さと感性を磨いていく必要があります。



・合気道の時代による変化

開祖の時代の合気道と、現在の合気道とでは、色々な面で異なっています。例えば当身もなくなっているので、技の形を練習することに気を取られ、隙だらけになってしまい、武道としては全く使えない技の稽古にもなりかねません。

 

 

・技を覚える事ではない

合気道は長年やっていれば、一通りの技を覚えることが出来ます。しかし技を覚えるだけでは、本当に効く技にはならず、年を取れば他のスポーツ同様に衰えてしまいます。

 

合気道で重要なのは、技の種類を覚えることではなく、技の中身がわかるようになっていくことです。

 

 

・気づく力が必要

武道は元々秘密主義でしたが、合気道も1から10まで丁寧に全てを教えていた訳ではありませんでした。

 

最近になって一般的な力を使わず、自分より大きな相手を倒す合気道のコツが知られるようになってきましたが、それでもそうした指導をしてくれる先生は少ないため、ただ稽古するだけでは、合気道の形の稽古になってしまい、本当に利かすことの出来る技や合気道の本質を掴むことが出来ません。

 

合気道の本質を掴むためには、自分で気づいていく力が重要になってきます。


 

・教育システムがない

内弟子制度を取っている所もありますが、多くの合気道道場では、週に2,3回程度で、一般の人向けの内容となっています。


もちろんそれも必要ですが、それではスポーツに真剣に取り組んでいる人や、格闘技の試合に出ている人たちと比べて劣ってしまい、合気道をものにすることが難しくなっています。



・合気道人口の減少

合気道は海外では大変人気があり、合気道人口は日本以上です。しかしその反面、現在の日本では、試合もなくプロとして活躍することも少ない武道自体に人気がありません。


学生の多くは武道ではなく、何のスポーツをやろうかと考えるでしょう。


そのため武道と言えば、思いつくものは剣道か柔道ぐらいなもので、合気道を知らない人も多くいます。


今はまだ開祖から直々に指導を受けた先生方がいらっしゃいますが、その先生方がいなくなってしまった時に、合気道や合気道の本質も、失われていってしまう恐れがあります。