合気道と護身術

護身術に関心のある女性や、護身術のために合気道を習いたいという人もいるので、護身術について、少し説明します。

 

 

護身術の誤解

最近は護身術に関心が持たれ、護身術を身に付けたいと考えている女性も多くいると思います。

 

しかし、テレビなどから護身術のイメージが作られ、知らぬ間に護身術の固定観念が作られてしまっていますが、本当の護身術は、イメージされているものとは、かなり違ったものであると思います。

 

たとえば、よく知られているもので、手首を掴まれた場合の対処法ですが、テレビを見たぐらいでは、余り役に立ちません。

 

実際には手首を外せなかったりしますし、仮に外せたとしても、余り意味が無かったりするのです。

 

そのため本当に役に立つ護身術というのは、そうしたものではなかったりします。

 

 

直ぐには使えない護身術

護身術のために、武道や格闘技を習うということもありますが、かなりやり込んだ人でなければ、何かあった時には使えません。恐怖心でとっさに体が動かなくなるためです。

 

カルチャー教室で行われている護身術の教室にしても、テクニック的なことは習っても、カルチャー教室では、武道の道場や格闘技とは違い、激しいことは余り行わない為、何かあった時に、実際にそれを使うというのは、中々難しいものです。

 

ただ、本来の護身術は強くなるということよりも、女性や余り経験の無い人でも、すぐ使えるものでもあります。

 

しかしそうした護身術は、一般的にイメージされている護身術や、カルチャー教室などで習う護身術とは、少し違うものです。

 

 

護身術の危険性

護身術で一番危険なことは、護身術を習ったからと、それが使えると錯覚し、私は出来る、もう大丈夫と、過信したりすることです。

 

習った時には、そう思うものですが、しかしその場合、相手はまともな人で、手加減してくれたり、特定の設定で行われているなどするため、

実際には想定外のことが起こったり、上手く行かないなど、教室通りには行きません。

 

また武道や格闘技を何年もやっている人でも、試合などを経験し、かなりやり込んだ人でなければ使えないぐらいなので、にわか仕込みの護身術で、過信することは、非常に危険です。

 

 

本当に使える護身術

護身術は、武道や格闘技を何年も取り組んで、またトレーニングをして強くなってというより、女性の様に体が強くない人でも、直ぐに使える、役立つことが出来るのが、本当の護身術になります。

 

しかしそれは、よく知られるような、手首を掴まれて外す、といったものではなく、非常にシンプルで危険性もあったりするので、カッコよさや派手さも余りありません。

 

海外では幼児誘拐が多く、要人のSPをやっているような人が、子供に護身術を教えたりしていたりもしますが、子供でも出来るような非常にシンプルなものです。

 

そうしたものが、本当に使える護身術になるのではないかと思います。

 

 

護身術は難しい

護身術で難しいのは、ただ相手を倒せばいいというものではないことです。

 

たとえば女性が男性に襲われた場合であれば、まだいいですが、男性対男性など、襲われたけど相手を怪我させた場合、過剰防衛など、怪我をさせた側に責任を問われたりすることもあります。

 

そのためただ肉体的に護身術の技を身に付けるだけではなく、法律的なことも学ばなければ、護身術にはなりません。

 

 

護身術で一番大事なこと

一般的な護身術は、何かあった時の対処法ですが、それよりも大事なことは、危険な場所には近づかないなど、何かにあわないようにすることです。

 

しかし護身術を身に付けるために、武道や格闘技を学ぶと、それを使って見たくなったり、自分は凄い、強くなったと、戦いを求めてしまったりもします。

 

そのため中途半端に武道や格闘技、護身術を学ぶことは危険であったりしますが、戦争に勝つことよりも、戦争を回避することの方が優れている様に、戦わない事、危険性を回避することで、それをよく覚えておくことです。

 

 

合気道と護身術

一般的な護身術のイメージは、手首を持たれてそれを外すといったものですが、合気道は手首を持たれて、技をかけることが多いので、武道や格闘技の中でも、そのイメージに最も近いものだと思います。

 

当然、合気道をやり込めば、手首などを掴まれても、その対処が出来ますが、そのレベルに行くためには、他の武道や格闘技のように、かなりやり込まなければなりません。

 

また特に合気道には、試合がないため、その道場でしか通じない技になりがちで、それに気づかない事もあり、注意が必要です。

 

合気道を護身術として考える場合は、相手を倒すというよりも、危険を回避したり、戦わない事を目指したり、逆転の発想を身に付けたりすることです。