合気道の心構え

旭川 合気道

時代とともに合気道も大きく変化しています。

 

変える必要がある所は、変えて行かなければいきませんが、本質を失っては合気道とは全く違うものとなってしまいます。

 

また現在合気道を習っている人でも、開祖の教えを知る機会が無くなってきているので、開祖が掲げた合気道の心構えをここに載せておきます。

 

合気道練習上の心得

一、合気道は一撃克つ死命を制するものなるを以て練習に際しては指導者の教示を守り徒に力を競ふべからず

 

二、合気道は一を以て万に当るの道なれば常に前方のみならず四方八方に対せる心掛けを以て練磨するを要す

 

三、練習は常に愉快に実施するを要す

 

四、指導者の教導は僅かに其の一端を教ふるに過ぎず之が活用の妙は自己の不断の練習に依り始めて体得し得るものとす

 

五、日々の練習に際しては先ず体の変化より始め遂次強度を高め体に無理を生ぜしめざるを要す然る時は如何なる老人と雖も身体に故障を生ずる事なく愉快に練習を続け鍛錬の目的を達する事を得べし

 

六、合気道は心身を鍛錬し至誠の人を作るを目的とし又技は悉く秘伝なるを以て徒に他人に公開し或いは市井無頼の徒の悪用を避けくべし

 

                            以上

 

合気道を練習せんとする人は、上の心構えを必要とする。

 

 

合気道を知ったかぶりしない

合気道を何も知らない人に、「合気道とはこういうものだ」と説明することがあると思います。しかしその説明は、本当に正しいと言えるでしょうか?また開祖がそれを聞いて、納得してくれるでしょうか?

 

合気道に取り組む人は、合気道とは何かを悟るために行っているようなもので、合気道を悟るまでは、合気道の本当の所はわかりません。

 

本来であれば合気道を長年やっている人でも、合気道とは何かを教えて欲しいものなのに、それを合気道を知ったかぶりすれば、開祖に大目玉で叱られてしまいます。

 

とは言っても、何も説明しない訳にもいかないので、説明する時には、それを踏まえた上で行えばいいのではないでしょうか?

 

 

他武道の批判はしない

自分が合気道をやっていると、合気道が最も優れていると考えるようになります。しかしだからと言って、他の武道がダメな訳ではなく、それぞれの武道にそれぞれのよさがある。

 

それを認めずに批判するのは、自分がやっていることを正当化させ、合気道の権威にすがっているだけです。

 

達人であれば、その人は批判する資格があるかもしれませんが、そうでない人が他武道を批判することはよくありません。

 

合気道の権威にすがるのではなく、真摯に取り組んでいきましょう。

 

 

己を知る

合気道には試合がないので、自分で自分の実力がわかりにくい。そうすると級や段でそれを判断するなど、勘違いを起こしてしまいます。

 

例えば稽古では攻撃を捌くことが出来るので、他の状況でも同じようにそれが出来ると思ってしまいますが、実際にはボクシングなどの速いパンチや、キックに対応することは、とても難しいことです。

 

それどころか普段練習している正面打ちや横面打ちも、当てるつもりで打ってこられた時には、全く捌けなかったりする。

 

道場では通用することが、実際に通用するとは限らないのです。

 

そうならないためには広い世界を知り、自分をよく知ることが重要です。

 

 

 

合気道の本質を掴む

合気道に限ったことではありませんが、全てにおいて重要なことは本質を掴むことです。

 

例えばイチローのバッティングフォームの真似をすれば、同じように打てるかと言えば、全く打つことは出来ません。それはフォームは似ていても、中身や本質が違うためです。

 
人を判断するのも見た目や学歴、職業、地位などで判断してしまいますが、重要なのはその人の中身です。

 

しかし目には見えない中身を見ることは中々難しいため、外見などで判断し、間違った見方をしてしまう。

 

合気道でも本質を掴むことこそが、最大の目標です。