合気道の流派

合気道は余り知られていないため、合気道と言うとひとまとまりに考えられています。また合気道をやっている人でも、余りわかっていなかったりもしますが、合気道にも色々な流派があります。

 

特に開祖が亡くなられてから、いくつかに分かれていきました。

 

また開祖は、戦前戦後など時代によっても、教えることが違っていたために、どの時代に習っていたかによっても、合気道が変わっています。

 

 

・合気会

開祖・植芝盛平の息子である吉祥丸が普及させた流派。合気道では最大規模の流派。

 

合気会ホームページ

合気会- Wikipedia

 

 

・合気道養神館

塩田剛三が興した流派。初期の合気道を伝承するとされている。独特の構えに特徴がある。

 

合気道養神館ホームページ

 

 

・心身統一合氣道会

藤平光一が興した流派。中村天風の思想が強く影響し、「氣」の概念を重視して精神修養に重点を置いている。

 

心身統一合氣道会ホームページ

 

 

・養正館合気道

フランスへ最初に渡った望月稔が興した流派。出身が講道館柔道ということもあり、柔道や空手といった他の武道から技を取り入れている。

 

・万世館合気道

砂泊諴秀が興した流派。植芝盛平の宗教的な側面を残しているといわれる。

 

・日本合気道協会

富木謙治が興した流派。乱取り稽古を取り入れている。「富木流」とも呼ばれる。

 

・岩間神信合氣修練会

植芝盛平が最晩年に到達したスタイルを継承した斉藤守弘の息子、斉藤仁弘が興した流派。「岩間流」とも呼ばれる。

 

・合気道練身会

 塩田剛三の高弟であった千田努が創設。塩田剛三が残した技術を忠実に保存・継承することを目的としている。

 

・光輪洞合気道

植芝盛平とは別系統の合気道。平井稔が創設した流派。

 

・武田流中村派合気道

武田流合氣之術から派生した流派。中村久が創設。「試合をする合気道」として知られる。

 

・パプキドー

大東流合気柔術を学んだ雀龍述(チェ・ヨンス)が韓国で興した流派。技の中に蹴りがある。漢字表記は「合気道」

 

・合気道SA

塩田剛三の内弟子であった櫻井文夫が興した流派。掌での打撃、蹴りを取り入れ、組手試合を行っている。

 

 

色々な合気道

合気道をやっている人でも、合気道をやる目的は、武道や日本の文化に興味がある、健康のため、力を使わない所が面白いなど、人それぞれ違っています。

 

そうすると当然合気道の取り組み方や、稽古の仕方にも違いが出てきますが、それは間違ったことではありません。

 

例えば今まで運動を全くしたことがなく、60歳から合気道を始めると言う人であれば、最初から激しい稽古をすれば、体を壊してしまうので、ゆっくりとした稽古をする必要があります。

 

反対にそういう人の稽古を、エネルギー溢れる若い人が行っては、満足のいく稽古が出来ません。

 

また健康のために合気道を行う人と、達人を目指す人の合気道とでは、練習量や練習の厳しさにも違いが出るはずです。

 

こうしたように色々な目的の人がいるため、合気道と言っても、全く同じ稽古にはなりませんし、一つの方法を押し付けるとおかしなことになってしまいます。

 

人それぞれに、それぞれの合気道があります。

 

問題なのはそういったことではなく、合気道の本質的から外れていないのかどうかです。

 

合気道の本質から外れていれば、健康を目的としても、姿勢は悪いままだったり、体が硬くなったりなど、健康のためにもなりません。

 

表面上の形に拘ることなく、合気道の本質を追求し、それぞれに合った合気道に取り組むことが重要です。

 

 

二代目道主 植芝吉祥丸の考え

一般化してたくさんの人にやってもらえば、必ずその中からいい人が出てくる。

 

少人数精鋭で名人をつくることは、その人たちがいなくなったら消えてなくなってしまう。

 

一般的にするためには、考え方、指導法、哲学の問題などを一般の流れに即応させてやっていく。