合気道開祖 植芝盛平

開祖植芝盛平翁(1883~1969)Wikipedia 

明治16年11月、和歌山県の中農の家に生まれる。

開祖の動画

見てもよくわからないかもしれませんが、4:20辺りの杖の演武を見れば、わからない人でも、なんとなく開祖の凄さが見て取れるかもしれません。

 

 

50代の頃の開祖が映っています。

 

 

3:35辺りから開祖が行う振魂、一教運動、船漕ぎ運動が見られます。

 

 

開祖の性格

最初は子供のクラスの設立に反対していた植芝先生も、それが気になって仕方がないっらしく、便所に行きながらちらりと道場を覗き込んでいく。

 

そこで私が、「先生、どうぞ子供たちに稽古をお願いします」と言うと、「入っていいかな」と言いながら入ってきた。

 

先生は楽しそうに、しかも一生懸命、子供たちに技を教えはじめた。そのうちに先生は、自分の財布を取り出すと事務所の人間にアメを買ってこさせて、それを一つずつ、子供たちに分け与えた。

 

子供にとっては、アメをくれるやさしいおじいさんだ。そのうち植芝先生が話をしている最中でも、寝っ転がってしまうようになったのも無理はない。

 

思わず私が、「こら、ちゃんと先生のお話を聞け」と注意したのだが、植芝先生は「いや、子供だからいいよ」と、実に甘い。

 

後ろで見ているお母さんのほうが、大先生に失礼があってはならないとはるかに気をもんでいるのに、「子供はいいよ」と言って決して怒らない。

 

それどころか、お母さん方に見せたかったのか、普段はやりもしないような技まで披露して大興奮してしまう。終わってからも、すっかりご機嫌の様子だった。

 

中村天風と植芝盛平 気の確立 

藤平光一著 幻冬舎文庫 92項

 

 

植芝先生には、いいところもたくさんあった。とにかく無邪気で、いつでも先生の心はプラスの状態だった。また、いくら自分の弟子でも、面と向かっては文句を言えない気のやさしい一面も持っていた。

 

中村天風と植芝盛平 気の確立 

藤平光一著 幻冬舎文庫 189項

開祖の宗教観

「続 植芝盛平と合気道 開祖を語る13人の弟子たち」(合気ニュース)にある、アンドレ・ノケ氏のエピソードが、開祖の宗教観について非常にわかりやすい。

 

以下引用。

 

ある日、大先生にこう質問をしたことがある。

 

「先生はいつもお祈りをしていらっしゃいますが、合気道は宗教なのですか?」

 

「いや、そうではない。が、君がキリスト教を信仰しているなら、合気道によっていっそう敬虔なクリスチャンになれるよ。それは仏教徒の場合も同じことだ。」

 

中略

 

先生はよく道場のつづきの四畳半の私の部屋に来られた。壁にはキリストの肖像画が掛けてあり先生はいつもそれに手を合わせておられた。

 

ある日私は先生に、

 

「先生のお力(予言力)とキリストの予言力には似ている点があるのでしょうか?」

 

とお聞きすると、先生は、

 

「あるね、キリストはご自身の技は愛だと言われ、この植芝も技は愛だと言う。

 

キリストは宗教を創られたが、私は宗教ではなく術を創った、それが合気道だ。だが、もしあなたがこの合気道を真剣に修業すれば、よりよいクリスチャンになるだろう」

 

と言われた。さらに、

 

「あなたはフランスでクリスチャンとして育ってきたのだから、クリスチャンのままでいなさい」

 

とも言われた。もしクリスチャンではなく、仏教徒にでもなれと言われたら私は当惑してしまっただろう。

 

先生は世界はひとつであり、我々は先生の子供なのだというビジョンをお持ちだった。先生は私のことを「息子」とさえ呼ばれた。

 

続 植芝盛平と合気道 開祖を語る13人の弟子たち

合気ニュース 216項